六日目の蝉



とある家の庭。

大きな桜の木の下に、大きな睡蓮鉢が1つ。

睡蓮鉢には立派な黒い出目金が1匹、水面で口をパクパク、鼻上げしながら泳いでいる。

そして、桜の木ではアブラゼミが1匹、勢いよく元気に鳴いている。


出目 「おーい、そこのセミ、夏もそろそろ終わりだというのにまだ頑張るのかい?」

セミ 「そりゃそうさっ!いい声で鳴いて女の子に好かれないと子孫をたくさん残せないだろ?」

出目 「それはそれはお盛んなことだ。」

セミ 「あんたこそ、鼻上げなんかしてどこか調子が悪いのかい?」

出目 「どこも悪くなんかないさ。まぁ、いろいろと事情があるんだ。」

セミ 「へぇ。ところであんた、子供はいないのかい?」

出目 「ご覧の通り、この睡蓮鉢にたった一匹。子作りのしようがないだろ?」

セミ 「そうなのか、それはかわいそうに。」

出目 「そうでもないさ。」

セミ 「俺はもうたくさん作ったぞっ!」

出目 「それは何よりだ。でも、そんなにたくさん子供を作ってどうするんだ?」

セミ 「夢のためさ。たくさんの子供たちと声を揃えて鳴くのが俺の夢なんだ。」

出目 「子供たちと一緒に?それは…無理だと思うぞ。いや、絶対に無理だ…」

セミ 「なんでそんなこと言うんだよ!?自分が子供を作れないからってひがんでるんだろっ!」

出目 「そんなこと…。そうか、お前、知らないんだな、セミの寿命を。」

セミ 「寿命?そんなの、知らないよ…」

出目 「だろうな。」

セミ 「で、どのくらいなんだ?」

出目 「だいたい、7日だ。」

セミ 「7日!?土の中で6年も頑張ってやっと地上に出てきたのに…たったの7日?」

出目 「そうだ。だからお前の夢がかなうことはないんだよ、残念だがな。」

セミ 「いや嘘だっ、俺は信じないぞっ!絶対に夢をかなえるんだっ!!」

出目 「じゃあ聞くが、お前の仲間たちは今どこにいる?ついこの間までこの桜の木にあれだけたくさん留まっていた仲間はどこにいる?」

セミ 「それは…」

出目 「みな、死んだんだよ。」

セミ 「そんな…」

出目 「お前、地上に出てきて何日目だ?」

セミ 「…6日目だ…」

出目 「そうか、じゃあ、残りわずかか…」

セミ 「俺は、自分の子供たちに会えないのか…。なんのために今日まで…」

出目 「まぁそう気を落とすな。それがセミの運命だ。」

セミ 「だからって…」

出目 「……ん?…お前さっき、土の中に6年いたと言ったな?」

セミ 「そうだけど?」

出目 「卵が孵化するのはいつ頃だい?」

セミ 「僕が孵化した頃はたしか、まだ肌寒くて雨の日が多かったな。」

出目 「とすると翌年の梅雨の頃か…」

セミ 「はぁ…」

出目 「お前はこの桜の木で成虫になったのか?」

セミ 「そうだけど?」

出目 「お前の嫁さんたちはこの桜の木に卵を産んだのか?」

セミ 「うん、そのはずだけど、それがどうかしたのか?」

出目 「そうか、そうだったのか…。よし、わかった。」

セミ 「えっ?何が?」

出目 「夢が見つかったんだ俺にも、新しい夢が。」

セミ 「そうなのか…それはよかったじゃないか。」

出目 「まあな。自分で言うのもなんだが、とっても素敵な夢だ。」

セミ 「へぇ…。あ、もしよかったらその夢、オレにも教えてくれないか?」

出目 「あぁ、いいだろう。俺の夢はな…」

セミ 「うん…」

出目 「あと7年生きることだ。」

セミ 「あと7年?どういうことだ?」

出目 「あと7年生きれば、俺はお前の子供たちに会うことができるだろ?」

セミ 「…あ。」

出目 「そして、俺がお前の子供たちの父親になる。」

セミ 「!!」

出目 「そして子供たちと…立派なセミになった子供たちと一緒に、鳴くんだ。」

セミ 「そりゃとっても素敵な夢だ!」

出目 「だろ?」

セミ 「あぁ。その夢、絶対に、絶対にかなえてくれよ!」

出目 「じゃあ、お前の子供たちのこと、自分の子供だと思うことを許してくれるかい?」

セミ 「ああ、もちろんさ!」

出目 「ありがとう。お前と出会ったおかげで、夢も子供も持つことができたよ。」

セミ 「こちらこそお礼を言わなきゃ。あんたと出会えたことで夢をつなぐことができたんだからな。ありがとう。」

出目 「とんでもないよ…」

セミ 「これで俺の夢がつながったのか…………あっ!!」

出目 「ん?どうした?」

セミ 「ところであんた、鳴けるのか?」

出目 「…いや、まだ鳴けない。だからお前にこれから特訓してもらうんだ。」

セミ 「金魚が鳴けるようになるかぁ?」

出目 「あと7年、必死に練習すれば鳴けるようになるだろう。」

セミ 「そうだな、夢のためだもんな!きっと鳴けるようになる、うん!」

出目 「でももし、それでももし、上手に鳴くことができなかったら…」

セミ 「できなかったら?」

出目 「子供たちにこう言ってやるんだ。」

セミ 「なんて?」

出目 「お前たちの鳴き声、お前たちのほんとのお父さんに似て、とても立派だぞ、って。」

セミ 「あぁ、よろしく頼むよ。俺も誇らしいし、子供たちもきっと喜ぶと思う。」

出目 「さぁ、そうと決まったらそんなしんみりした顔してないで、特訓を始めてくれ。」

セミ 「そうだな、まずは鳴けるように頑張ってもらわないとね!」

出目 「さあ、始めよう。」

セミ 「あ、その前にひとつ、聞いてもいいかな?」

出目 「なんだい?」

セミ 「あんたはいったい、今いくつなんだ?」

出目 「俺か?俺は今、…7歳だ。」

セミ 「それじゃ、子供たちが地上に出てくる頃には14歳になるのか…」

出目 「そうなるな。まぁ、20年以上生きた金魚もいるらしいから、問題ないさ。」

セミ 「そうか、そうだな。じゃ、改めて始めるぞ!み~~~~~ん…」

出目 「あ、ちょっと待ってくれ。俺もお前に言わなきゃいけないことがあるんだったよ。」

セミ 「なんだい?早くしてくれよ!」

出目 「あぁ。お前の、鳴き声…」

セミ 「…」

出目 「お前のほんとのお父さんに似て、とても立派だぞ。」



翌日、あの大きな睡蓮鉢に、アブラゼミの死骸が一つ、満足げな表情を湛えて浮かんでいた。

そしてその横で、立派な黒い出目金が、勢いよく元気に鼻上げをしていた。



あなたの家の庭の金魚。

元気そうなのに鼻上げしていませんか?


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